1968年のバイク世界一周旅行

その50


ヨーロッパへ  大西洋航路


ポルトガルのリスボンまで、ギリシャ船籍の豪華客船で行くことになった。
当日、一九六八年六月十日、
出航は夕方であるが、接岸ピア(港)が多く、私の乗る客船が接岸しているピア(港)62を探すのに時間がかかるだろう思い、
昼食を済ませると、すぐ接岸しているピア(港)へ向かった。


乗船待ちの客は、子供までドレスアップしていた。
私だけが、アメリカ大陸横断の途中、
雨や砂塵で汚れたリックサックとヘルメットを抱えた
革ジャンとズボン姿であった。
私の服装は、船員や乗船待ちの客には異様に映ったのは、
自分でもわかったが、外国航路の豪華船に乗るのは初めてで、この失敗は仕方なかった。


ボストン、リスボン、ナポリ経由アテネ行き客船は
夕日が沈むとともに出航した。


どんな乗り物でも、料金によって、
その快適さやサービスに格差はあるが、
飛行機や汽車は、
料金の高いファーストクラスやコンパートメントに乗っても、
安全かどうか、事故が起こるまで100%わからない。


船は、料金の安いほど船底に近い客室に押し込まれ、
浸水や火事などが起こった場合、
運賃の高い上階の客よりも危険の確率が高いことが一目瞭然、
予測でき、気持ちのいいものではなかった。


私の船室はエコノミーよりは、
少し運賃の高いツーリストクラスであったが、
船底により近く、狭い船室の三角に三段ベッドが
備えられ、服装から判断して、夏休みを利用し船旅するポルトガル系、イタリア系、ギリシャ系アメリカ人の金持ち親子でにぎわっていた。
東洋人というか、日本人乗客は私一人で何かと目立つ存在であった。