1968年のバイク世界一周旅行

その78


彼女は、当時、英国で五本の指に入るという
画家の奥さんであった。


画家の主人は四十歳半ばで、あごひげを伸ばし、
麦わら帽子に半ズボン姿で、ヨットの甲板をホースで洗っていた。


奥さんは、いかにも関西の中年オバちゃんという、いで立ちで、
ヨットにロープを張り、洗濯物を干しながら、
我々に声をかける、気さくな画家夫婦であった。


彼女は大阪出身で、主人の国、英国住まいだと言った。
「ヒドラは景色も空気もエエし、観光客もおらんし、
まだ知られていないリゾートなんや。
うちら、毎年休暇でここに来てるねン。
日本人でここに来たん、あんたらが初めてとちゃうやろか?
ほんま、あんたら幸せやで」と、我々と彼女の主人との間を
威勢のいい関西弁と英語を使い分けながら、
干し物の手を緩めない彼女だった。


その夜、ヨットの甲板で催されたパティに
我々も招待された。
参加者は彼女たちの友人であるという、
航空会社のパイロットやスチュワーデスなど
7,8人とともに風光明媚なエーゲ海のヒドラ島に浮かぶ
ヨットでのビールは美味く、
まるで映画のシーンのような、
星空の元での楽しいパティであった。


映画といえば、ソフィア・ローレンと
『シェ―ン』で有名なアラン・ラッド主演
『島の女(原題「イルカに乗った少年」)』が撮影されたのも
このヒドラ島である。


ヒドラ島はスイスのツェルマットともに
私が訪れた観光地の中でも、最も忘れられない所でもある。


日本には瀬戸内海や桜島という
世界に誇れる場所があるが
どういうわけか、
それを「日本のエーゲ海」とか「日本のナポリ」と呼んでいる。
私はこの呼び方に非常に抵抗を感じている。
何も外国の名所旧跡に卑下することはない。
瀬戸内海や桜島の風景は
決してエーゲ海やナポリの風景には劣っていない。
それ以上に、素晴らしい名所旧跡だと自負している。