1968年のバイク世界一周旅行

その86


イギリス、ドーバーのフェリー乗り場で、手に入れた
詳細な地名が記載されていない地図であったが、
イランの砂漠を走っていても、必ず100キロ以内に「食物屋」と
「油屋(ガソリン・スタンド)」があることを知った。


砂漠では、イスラム教の式典に使われたものであろう思われる
古い煙突のような塔をよく見かけた。
中に二本並んで建てられたものや、
傾き今にも倒れそうなものもあった。


集落があれば、そこには必ずモスクがあり、
そのモスクの上には拡声器が取り付けられ、
時々、独特な響きを持ったイスラム教の祈祷が流れていた。
人々は、その拡声器から流れる祈祷に合わせ、
日に五回も礼拝すると知った。


トラックという近代的な輸送手段があるのに、
背中に荷物を載せた十頭ほどのラクダの隊商を何度か見た。
聞くと、砂漠の中ではトラックのタイヤが砂に食い込み、
輸送できないところもあるから、
ラクダを使っていると言っていた。


それに、雨など全く期待できない砂漠に人が住み、
生きていくのに、最も大事な作物をどのように栽培しているのか
不思議であった。


砂漠は静寂の世界である。
普段、耳にする人間の営みが発する騒音、鳥や犬猫の声、
大気汚染もない世界である。
乾燥している砂漠の夜空、まさに、宝石をちりばめたように
星が鮮明に輝き、月も大きく見えた。


砂漠を一人で旅していると、
全く一日中、人と話さないことがった。


水戸の女性MKに、アテネで教えてもらった
当時、流行していた加山雄三の『旅人よ』の歌詞を
中近東の地図の裏に書いてもらっていたので、
砂漠で休憩した時、誰もいないので気兼ねなく、
大声で歌い楽しんだ。 


青く澄んだ空を見上げると、
細長い飛行機雲を引きながら
前日よりは三十分ほど遅く、東へ飛ぶ飛行機を眺め、
私も、昨日より少しは東へ前進していることを知り、
単純な砂漠のバイク旅行の退屈を紛らわしていた。