1968のバイク世界一周旅行
その16
夏時間のカリフォルニアは
八時を過ぎても明るかった
夕食が終わると、
サムの娘たちは事務所前で
即席の売店を開き、労働者相手に
ビール、タバコ、コカ・コーラなどを
売りはじめた。
年老いた労働者たちは夕食を済ませると
夕涼みを兼ね、売店の周りに集まり、ビールを飲みながら、
娘たち相手に、英語交じりの日本語で、
たわいない会話を楽しんでいた。
老人たちは、大正の末期から昭和の初期にかけ
南米へ移民する途中、
移民船から逃げ出し、パナマやメキシコの農家で
只働きしながら北上、アメリカへ密入国した連中で
画用紙を四つ折りにしたような
古いパスポートを大事そうに持っていた。
彼ら、季節労働者は日用品と「毛布」だけを持って
カリフォルニア中の農家から農家へ
季節労働者として移動していたので
農園主たちは彼らを「ブランケット」と、
陰ではニックネームで呼んでいた。
給料は週給制で土曜日に払われた。
税金を引かれると、手取りはたったの$23だった。
九月からの学費生活費のことを考えると
この先どうなるか不安で、
いてもたってもおれなかったが、
行く当てもなく、
この葡萄農家で葡萄の熟れるのを
待つ以外、方法がなかった。
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